「未来」のために「過去」を創造する
この4月に桐野文良先生の後を引き継いで未来創造継承センター長に就任いたしました。「未来創造継承センター」は昨年4月に発足したまだ新しい組織ですが、このネーミング自体、現在の私たちが直面している問題と芸術の可能性を示しているように思えます。
少なくとも現在私たちは、かつて私たちが想像していたようなユートピア的な「未来」を素朴に思い描くことができません。気候変動や少子高齢化、グローバル資本主義の加速化による南北問題や原理主義の台頭、権威主義国家の増大や新しい形の戦争や内戦の広がりは、私たちの「未来」のイメージに暗い影を落としています。きらびやかに輝く「未来」はすでにノスタルジックでレトロな「過去」のイメージとなってしまいました。
その一方で、私たちは人間が世界の中心だった歴史の終焉を同時に経験しつつあります。「人新世」という言葉をめぐる最近の議論やエコロジーの問題は、もはや「人間」を中心とした世界観では生命体としての地球そのものが存続できなくなることを示唆しているようです。さらには、AI(人工知能)の発達によって、コンピュータによる知性が人間の知能の能力を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」がそう遠くない時代に到来するというSFめいたディストピア的なビジョンもにわかに現実味を帯びてきました。
こうした時代に私たちはどのように「未来」を創造することができるのでしょうか。
一つの思考実験としては、過去/現在/未来という時間が進むにつれて物事がリニアに進歩するという近代主義的思考をもう一度問い直してみることです。ここで芸術は重要な役割を果たしています。確かにテクノロジーは、一定程度リニアに進歩するかもしれませんが、芸術は必ずしもそうではありません。むしろ、過ぎ去った過去の作品の中に私たちが未来の可能性の断片を見出すことはよくあることです。現在はそれほど評価されていなくても、何百年の後に違った輝きを示すかもしれない芸術作品もたくさんあります。芸術が示す世界には、満天の星々に似て、異なった時間が形を変えながら配列されているのです。
歴史を見ること。アーカイブを作ること。記録を残していくこと。そして、それを継承すること。これらは、単に過去を保存することではありません。それ自体が創造的な実践であり、「未来」を創造することと密接に結びついています。未来創造継承センターがそうした実験の場になることを期待しています。
この4月から未来創造継承センターには、音楽学部音楽総合研究センターにあった大学史史料室と小泉文夫記念資料室が新たに加わりました。どちらもこれまで音楽学部の中でアーカイブの作成に対してすばらしい成果を上げてきました。これまでの成果を生かしつつ、それを全学的にあらためて捉え直し、社会に還元できればと考えています。試行錯誤の運営になると思いますが、宜しくお願いいたします。
未来創造継承センター長
毛利嘉孝
2023年4月