2025年4月に未来創造継承センターのセンター長に就任いたしました大角欣矢と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
私の専門は音楽学の中の西洋音楽史であり、特に16〜18世紀頃の音楽を中心に研究しています。専門柄、ヨーロッパの図書館や文書資料館で調査することが多くありますが、16世紀の手書きの楽譜や文書を利用請求すると、何ら煩瑣な手続きもなく、拍子抜けするほど簡単に現物が出てくるのが、いつもながら感動的です。過去の歴史資料を体系的にアーカイヴし、一般の利用に供するための基盤が整備されていると感じます。これは次のような信念に基づいているものと思われます。すなわち、現代は過去からの積み重ねの上に成り立っており、新たなものを生み出すためにも、受け継がれて来た文化遺産の活用なしには何もなしえない、という信念です。
未来創造継承センターは文書に特化したアーカイヴズではありませんが、根底にあるミッションは同じです。このセンター名の意味するところは、「創造」されたものを「未来」に「継承」するとともに、その「継承」されるものを活用して新たな「未来」を「創造」して行く、というプロセスです。この過去と未来の双方へ向かうベクトルを接続するところに、本センターのミッションの中心があります。
芸術というと、何かそれまでになかった新しい、オリジナルなものを生み出していくイメージが強いと思いますが、実際には「無からの創造」などというものはあり得ません。「先人を乗り越えて行く」といっても、「先人」が何をしたのかをまず知らなければ、真に新しいものを創り出すこともできません。本センターの目指すところは、先人たちによる芸術的成果とともに、それが生み出されるプロセスやコンテクストも含めて保存・継承することで、新たな創造へと循環するアーカイヴを構築することです。
東京藝術大学における創造のコンテクストとして重要なものの一つに、大学の教育研究の組織体制や運営といった側面があります。各時代背景の下、藝大がどのような芸術教育を目指し、その中でどのように創造活動が展開されていったのかを理解するためには、学内に残されているさまざまな資料(文書や刊行物、写真や録音・録画物、近年ではデジタルデータ等)をつぶさに検証する必要があります。
中でも、大学の公的な記録である法人文書は、今後藝大の歴史を書き上げていく際に基幹的な役割を果たす重要な歴史記録です。創立150周年を迎える2037年に向けて、新たに大学史をまとめて行く必要もあるでしょう。しかし、国立大学法人である東京藝術大学が有する法人文書は、「公文書」として公文書管理法に従った扱いが求められ、過去の法人文書を「国立公文書館等」以外の施設に移管することはできません。このため、歴史的法人文書の適切なアーカイヴ化とその活用のためには、未来創造継承センター内に配置された大学史史料室が国立公文書館等の指定を受け、法人文書のアーカイヴ先として機能するような体制を整備してゆくことが、将来的には必要だと感じています。
これにとどまらず、藝大が有するさまざまな歴史資料や芸術資源を適切にアーカイヴ化し、活用してゆくために解決しなければならない課題は山積しています。皆さまのご協力を得ながら、少しずつ前へ進んでいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。